経営の神様 松下幸之助(下)

経営の神様 松下幸之助(下)

前回に続いて、松下幸之助について紹介します。

 

社長交代

1961年に娘婿の松下正治に社長に任命し、自らは会長に就任した。
会長就任後、幸之助が公職追放された年(1946年)に発足したPHP研究所の活動に力を入れる。
京都東山山麓の「真真庵」を活動拠点とし、幸之助は、経営、国家などの議論を交わしながら思想的、哲学的思索を深めていった。同時に、人間の本質を探究している。

 

1969年10月のある経営話談会で、自ら考える「松下電器発展の要因」と題した講演で、
成功の要因は、

  1. 電気に関する仕事が時代に合っていたこと
  2. 人材に恵まれたこと
  3. 理想を掲げたこと
  4. 企業を公のものと考えたこと
  5. ガラス張りの経営を心掛けたこと
  6. 全員経営を心掛けたこと
  7. 社内の派閥をつくらなかったこと
  8. 方針が明確であったこと
  9. 自分が凡人であったこと

と述べている。
「自分が凡人だから成功した」というところが幸之助さんらしい!
「吾凡人なるが故に素直な心で衆知を集める」ではなかったか。

 

そして、1979年松下政経塾を財団法人として設立した。
幸之助は、当時の政治家をこのように見ていた。

  • あまりにも短期的にしか物を考えない
  • 目先の結果ばかりを求めて、簡単に原則を放棄してしまう
  • 重大な問題にぶつかっていこうとしない
  • その多くが堕落し、ビジョンに欠けている
  • 真のリーダーなど一人も見当たらない

今の政治家にも相変わらず当てはまる内容だ。

 

そこで、塾生は次の5つの資質を育てるために選抜された。

  • 確固たる決断によってどんな障害も克服できるという誠実な信念を持つ。
  • 理想においても行動においても独立心を持つ。
  • すべての人の経験から学ぼうとする姿勢を持つ。
  • 旧弊な紋切り型の思考にとらわれない。
  • 他社と協力・協調できる器量を持つ。

 

幸之助は、無税国家論(国家による無借金経営)も説いているが、今のところ幸之助の真意を体現している塾生OBは見当たらない。元首相になった人もいたが...情けない。

 

松下幸之助は、“思いの力”“心の法則”組織で使った経営者である。幸之助の使命感が情熱となってほとばしり、従業員に感化していく。情熱が積極的チャレンジ精神を生む。
松下幸之助は、独創的、カリスマ的経営者であった。まさに“経営の神様”といっても過言ではないと思います。

 

最後に、松下幸之助の慈善活動を紹介します。

 

1963年 神戸のカナディアン・アカデミーのための体育館建設費用を寄付
1964年 子供の交通安全対策として横断歩道橋の建設資金の提供
1968年 青少年の交通事故防止のための寄付
1973年 社会福祉に関する寄付(子供のためにと用途を指定)
1975年 マサチューセッツ工科大学設立資金の提供
1977年 新潟県の国際大学設立資金の提供
1978年 ペルーの日本人学校建設資金を寄贈
1979年 大学院レベルの私的教育機関、松下政経塾を設立
1981年 ハーバード・ビジネススクールに100万ドル寄付
1984年 アメリカに松下財団、イギリスに技術者養成パナソニック教育基金を設立
1985年 スタンフォード大学に100万ドル寄付

 

松下幸之助最大の慈善事業は、1983年に創設された「日本国際賞」であった。この賞は、人類のさらなる繁栄の達成に貢献する研究を成し遂げたあらゆる国籍の科学者を称えるためのものである。なお、賞金は50万ドルである。